今朝ランニングしながら、斎藤一人さんの講演を聴いた。ずいぶん久しぶりに聴いた。そして、いろいろ考えた。
先日、子どもが端的に「スイミングを辞めたい」と言った。妻が「仕事がつらい」と疲れていること。人生は1度きりなのに何故嫌なことをして嫌な思いをして過ごさなければならないのか。何故そこから逃げてはいけないのか。
たった1度の人生だから、せめて今日は笑っていたい。明日のことは明日考えよう。今日は今日の幸せのために精一杯過ごしてみよう。
子どもには今朝方スイミングの目標を伝えた。「クロールで25m泳げたらスイミングを辞めてもよい。」というもの。目標もなくただ闇雲にスイミングに行きなさいといっても子どもには親の真意は伝わらないだろう。いつまで続くのか何のために通うのかもわからないのに。いぶきは小さい頃、水を恐がるようなところがあって、顔を洗うことさえも恐がっていた。もしかしたら、私が酔ってからお風呂に入れたとき湯船に落としてしまったことが原因かもしれない。お互いにこれがトラウマになっているかもしれない。だから、私はいぶきに泳げるようになって欲しいと自分の望みを託している。”私の恐れの克服を託している”とそんな気がする。
でも、本当に嫌なことは無理して頑張らなくてよいと考えている。ただ、せめて生活に不自由がない程度には何でもできることを親心というフラフラと移り変わりやすい道徳感情から望んでしまう。ただ、大丈夫。いぶきならきっと出来ると信じている。そして、25m泳げたら今度は自分から「今度は50m泳げるようになりたい!」と言うだろうとも信じている。